大島紬紀行

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本場大島紬ができるまで

大島紬の工程は、とても複雑で何百という工程にもなります。
大島紬の工程を簡単に説明すると、次のような工程に分類することができます。

絣図案調製 淡糊付 糸繰 整糸 糊張り 絣締加工 絣筵部分解き 染色 摺り込み 絣筵全解 仕上糊張り 絣糸配列 経絣糸の板巻 管巻き 製織・手織り 絣調整 製品検査

絣図案調製

大島紬は絣糸を作って模様を構成する先染織物です。織る前にデザインに合わせて必要部分を必要な染料で染めます。基本は絣模様ですので、締め工程で絣糸を作りますが、最初は方眼紙に絣のひとつひとつを描いてます。方眼紙に描かれた模様(図案)に従って絣糸をつくっていきます。方眼紙の目盛に従って絣糸をつくりますから絣糸の順番を正確に並べていけば図案通りの模様が織物の上に表現されるわけです。これから始まる緻密で根気を要する製造工程の指図書となります。

淡糊付

糸繰り、整経(せいけい)を容易にするため糊付けをします。これは糸の小さな毛羽を糊で固め、扱いやすくするためでもありますが、柄がずれないように、汚れがつかないようにするための大切な工程です。薄い糊液が良く、フノリを使います。フノリは鍋で炊き、煮沸して十分溶かし、布か目の細かい網で濾過して使うのですが、やけどするぐらい熱い糊を均等につけていきます。3回ぐらい繰り返すのですが、ここで手を抜くと泥染めの時に、色がまだらになってしまいます。
その後、日光で十分乾燥させます。製品作りのための最初の大事な工程です。

イギス・フノリ

奄美大島の海草であるイギス・フノリを糊加工処理して、糊張りの糊に用います。海草糊を使用すると、製品にしたときに「虫がつきにくい」「つやが出て風合いがよい」「加工処理がしやすい」「伸縮がよい」などの利点があります。

糸繰り

かせ糸をボビンまたは枠に繰り返す作業を糸繰りといいます。整経の前段階として必要な工程です。

絣用絹糸の整経

整経はボビンまたは枠に巻いた糸を外して整経台の上で一定の長さ(整経長)と本数に揃える事です。

糊張り

絣用に整経した糸を糊で固める作業をいいます。締め織りを容易にするため、糸がほぐれないように、糊で固め、染色に際しての防染効果を高めるためでもあります。糊剤としては、イギス・フノリを煮沸溶解して使用します。

絣締加工

図案に従い文様部分を固く折り込んでいきます。大島紬は締め機(しめばた)を用い、綿糸を経糸として、これに糊張り乾燥した絹糸(16本の集合体)を緯から織り込んで締めます。綿糸の太さのため織り締めした絣は筵(むしろ)のように厚くなり(0.5~0.6mm)、絣筵(かすりむしろ)と呼びます。この締め織り法は、大島紬独特の絣製法です。大島紬の特徴は、精密な絣の美にありますが、その秘密は、この締機技術にあるといってよいでしょう。締機は強い力を要しますので織機より大きく、主に男性の仕事とされています。

世界に類を見ないと言われる精緻な絣模様。その秘密は織締めによる独特の絣締にあります。経糸に綿糸を使い、緯糸に絹糸を折り込み、その綿糸で染料の浸透を防ぎます。綿糸の本数を変えることにより点絣の大きさに変化を付け、立体感のある模様が表現できます。

泥染

大島紬の生命というべき泥染には、その前提として車輪梅(シャリンバイ・テーチ木)が必要になります。まず車輪梅の幹と根を小さく割り、釜で2日間炊きっぱなしで、4、5日寝かして、抽出液を作ります。この車輪梅は、タンニンを多く含みます。絹糸を車輪梅の抽出液に20回繰り返し、漬けて染めます。もちろん、一回ごとに液は交換されます。そうしないと、きれいな、あの独特の茶色には染まらないのです。

そして、20回抽出液で染められたあと、鉄分を多く含む泥田に一回漬けられます。このシャリンバイ20回・泥染め1回を一工程として、これを4~5回繰り返して、大島紬独特の深くそして茶がかった黒色に仕上がるのです。つまり車輪梅染めが80回から100回、そして、泥染が4~5回。これだけの人の手が加えられるのです。車輪梅のタンニン酸と泥の鉄分が結合して、糸は柔らかくこなされ、決して化学染料では合成し得ない独特の渋い黒の色調に染め上がります。

泥染の不思議
泥田は、場所によって濃度が違うため、この泥田は誰々のものと決まっています。いい泥田を探すのも、見て感覚で覚えて探さなければなりません。そんな大変なものだけあって、しっとり、つややかな黒に染めあげるこの泥染は、呉服を「しわになりにくくする」「あたたかい風合いにする」「燃えにくくする」「糸表面を樹脂加工する」「汚れから守る」「静電気発生を押さえる」など、すばらしい利点をつけてくれます。

車輪梅
梅に似た花を春先につけます。花が咲く前に養分を一杯蓄えた冬場に切り倒し、幹を細かく砕き、煎じて糸の染めに使います。海沿いの潮風に吹きさらされて木ほど色素(タンニン酸)を多く含むといわれ、煎じ終わった木は、乾燥させ、次に煎じる際の燃料になります。さらに、残った灰は集められて藍染め用の藍ガメに入れる。そして、最後は藍とともに、肥料としてまかれ、奄美の自然に還っていきます。車輪梅は30年でも育たないといわれています。若木では液が出なく、古ければ古いほどよいのですが、現地の染屋さんのご主人は、「織り子がいなくなるのが早いか、車輪梅がなくなるのが早いか」と心配していらっしゃいました。

絣筵部分解き

部分色差しのため、織締している綿糸を千枚とうしで一目ずつ切って、絣糸を露出させます。絣糸を傷つけないように、的確に取らなくてはならないので熟練の技が必要です。目破りともいいます。

摺り込み

部分解きした絣に図案に基づき染料を摺り込んでいきます。スポイトとヘラで一線ずつ繰り返し繰り返し摺り込んでいく、根気のいる作業です。

絣筵全解

絣筵の染色が終了したら、綿糸をすべて破り捨てます。泥染絣は綿糸がかなり弱くなっているので両手で絹糸方向に絣筵を引き裂く形に引っ張ると綿糸が切れてきます。一枚の絣を数カ所引き裂き、綿糸の屑が残らないようきれいに取り去ります。

仕上糊付け

経絣糸に施します。経糸は製織中に綜絖(アゼ)、筬(オサ)、杼(ヒ)および糸間の摩擦を受けるばかりでなく、かなりの張力も受けます。適当な糊付けを行なうことにより、糸がより平面的に並びやすく、これらの外力に耐えるようになります。

絣糸配列

経絣糸を図案に合わせ配列します。一機分ずつに分けます。

経絣糸の板巻

製織中に経絣糸がもつれないように織り機にかける前に板巻をします。地経というのは、経糸(たていと)の地糸(じいと)という意味です。地糸というのは、絣糸(かすりいと)ではない、無地(むじ)の糸のことです。泥大島の場合は、真っ黒の無地の糸であり、白大島の場合は、真っ白の糸ということになります。地経を木の枠に巻いていきます。きっちり巻くために、細い小さな角材を巻きこんでいきます。

管巻き

緯糸は地糸も絣糸も管巻きをします。地糸は一組(500m)を4~6個の管に分けて巻きます。

製織・手織り

締めは力がいる男性の仕事ですが、織りは根気のいる女性の仕事です。高機(たかおり)による手織りで1糸1糸、心を込めて織られていきます。1反織りあげるのは、柄の難易度によっても異なりますが、1ヶ月から数ヶ月近くかかるものもあります。
大島紬独自の絣模様、風合い、感触は職人さん達が熟練と根気のなかで真心こめて織り上げられたものです。大島紬も多数化し、複雑で難しい柄が増えており、その豊かな魅力を出せるようになるには、10年位織り込まなければ充分ではないといわれています。

昔ながらの趣の残る機屋さんにおじゃました時には、たまたま3人の織り子さんがいらっしゃいました。この道70年の重江シズカさんをはじめ、毎日織るのが楽しみという福 シズノさん、初めて織ったものを自分で買ってしまったという重江スナ子さん。いずれも熟練した腕を持つすばらしい織り子さんでした。これまでの多くの人たちが携わってきたものなので、ここで自分たちが疎かに扱うわけにはいかないと、それは最新の注意を払いながら、織り進んでいきます。紬が織り上がった時の感激は、何十年たっても同じとか。そういった人々の真摯な思いと自分の仕事に対する誇りがあるからこそ、大勢の人の手と何百という手間のかかかる工程を経ても、精緻で素晴らしい織物が誕生するのだと実感しました。

絣調整

大島紬は、高機(たかおり)を用いて、すべて手織りです。また、すべて絹糸であるため、湿気によって絹糸が収縮するため、収縮した縦糸を合わせなければきれいな絣文様に仕上がりません。およそ7cmほど織っては縦糸を緩めて1本1本丹念に針で絣文様をひとつひとつ丁寧に合わせていきます。気の遠くなるような話ですが、一本一本合わされていくうちに、次第に文様がはっきり見えてきます。世界に類のないといわれる精緻な大島紬の原点を見る思いです。

製品検査

織り上げられた大島紬は、すべて本場大島紬協同組合の検査場に持ちこまれます。ここではこの道数十年のベテラン検査員が、長さ、織り巾、絣不ぞろい、色むら、織り疵、量目不足など、26項目に及ぶ厳重なチェックを行い、合否を決定しています。

この検査の中に「泥検(どろけん)」というものがあります。この検査は、ほんとうに泥染をしているかどうかを調べるものです。検査の方法は、反物の端っこをほんの少しだけ切り取ります。その切れ端に蓚酸という薬品を落とします。すると、酸に反応して、泥の黒が抜けて、車輪梅(シャリンバイ・テーチ木)による茶色が出てきます。そうなれば、泥検(どろけん)は合格になります。
合格品には『商標』『証紙』『合格印』が押されます。

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大島つむぎのできるまでを振り返って

大島紬のように最初から最後までひとの手をわずらわせる織物は、その工程を一通り見てみると、あまりの大変さに後継者が育たないということがよくわかりま す。「織り子さんは大変だな」という感覚ぐらいしか持たずに、旅立ったのですが、何百という工程の中のたったひとつでも職人さんがいなかったら、大島紬は 出来上がりません。

誰もが安心してほんものの大島紬を買えるという環境を作り上げるためにも、職人さん達に感謝と激励の意を込めて、適正価格を守っていく必要性を実感しまし た。「作る人がいるから、着る事ができる」単純なことなのですが、これこそが緊急課題なのです。大島紬は今、何もせずにいれば、後継者不足が原因で、確実 にあと五年から十年で、これまで全国各地の幾多の織物が滅びたようになくなっていくであろうと考えられます。ほんとうに価値あるものは、なんとしても後世 に残さなければならないと思いました。

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